MENU

パニック障害で電車に乗れないとき、どうしていたか

目次

パニック障害になり、電車に乗れなくなった

大学在学中、私はパニック障害になりました。

乗り物に乗ると、息苦しさや吐き気などが出るようになり、それまで当たり前のように乗っていた電車やバスが怖くなりました。

「途中で具合が悪くなったらどうしよう」

「逃げられなくなったらどうしよう」

そんな恐怖心で頭の中がいっぱいになっていました。

今まで普通にできていたことが、突然できなくなる。

当時の私にとって、それはかなり大きな絶望でした。

やがて大学への通学も難しくなり、私は大学を中退しました。

両親が「少しでも就職しやすいように」と学費を払ってくれていたこともあり、申し訳なさや罪悪感もありました。

大学を中退した後は、家にひきこもるようになりました。

近所のコンビニに行くことさえ難しかった

状態が悪かった頃は、電車どころか近所のコンビニまで歩いていくことさえできなくなっていました。

治療しようという気力もほとんどありません。

家で寝たきりのような状態になり、YouTubeをぼんやり眺めながら一日が終わる。

一番長い時間見ていたものは、部屋の天井だったかもしれません。

「もうどこにも行けない」

「働くこともできない」

「これからどうやって生きていけばいいんだろう」

そんなことを何度も考えていました。

それでも病院に行くことだけは続けた

そんな状態でも、薬を飲むことと病院への通院だけは続けていました。

病院までは、バスや電車を使って片道1時間ほどかかります。

今考えると、電車やバスが怖かった自分にとって、かなり大変なことだったと思います。

当時は発作が起きないように薬を服用して通院していました。

病院に到着する頃には疲れ切っていて、待合室で眠ってしまうこともありました。

名前を何度も呼ばれて、ようやく診察室へ向かう。

そんな状態でした。

それでも通院だけはやめませんでした。

「電車に乗れるようになる」だけを目標にしなかった

当時の私は、いきなり以前の生活に戻れたわけではありません。

少し手を伸ばせばできそうなことを、一つずつやっていった感覚です。

できる範囲をほんの少し広げる。

そして、それができたら次へ進む。

その繰り返しでした。

私の場合、症状そのものだけではなく、その奥にある「恐怖心」がとても大きかったのではないかと、今では思っています。

以前の私は、

「電車に乗ったら発作が起きるかもしれない」

「外に出たら何か起こるかもしれない」

という恐怖に支配されていました。

だからこそ、一気に恐怖をなくそうとするのではなく、自分のできる範囲を少しずつ広げていくことが大切だったのだと思います。

少しずつ「できること」が増えていった

昨日までできなかったことが、今日は少しできる。

その小さな積み重ねによって、少しずつ行動できる範囲が広がっていきました。

もちろん、一直線に回復したわけではありません。

それでも、パニック障害が少しずつ良くなっていくにつれて、ひきこもっていた生活にも変化が出てきました。

当時は「もう普通の生活には戻れない」と思っていました。

それほど先が見えませんでした。

でも振り返ってみると、人生が変わったのは何か一つの大きなことができた瞬間ではありません。

本当に小さな一歩の積み重ねでした。

電車に乗れなくて悩んでいる人へ

今、電車に乗ることが怖い人にとって、

「普通に電車に乗っている人」

を見るだけでもつらいことがあるかもしれません。

私も、当たり前だったことができなくなりました。

電車やバスが怖くなり、大学を中退し、近所のコンビニに行くことさえ難しい時期もありました。

だから、最初から以前の自分と同じところまで戻ろうとしなくてもいいのではないかと思います。

「これなら少し頑張ればできるかもしれない」

そんなところから、一歩ずつ進んでいく。

私の場合は、その積み重ねによって少しずつ行動できる範囲が広がっていきました。

あの頃の私は、自分がこの先どうなるのかまったく分かりませんでした。

それでも今振り返ると、あの小さな一歩一歩には意味があったと思っています。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

目次