ひきこもっていた頃、私はゲームばかりしていました。
昼夜逆転して、起きたらゲーム。
外の世界に出ることが怖かった自分にとって、ゲームの世界は現実から逃げられる場所でもありました。
現実の世界で人とうまく関われなくても、オンラインゲームなら大丈夫なんじゃないか。
顔を合わせる必要もない。
話すのだってチャットだけ。
そこなら自分にも居場所を作れるんじゃないか。
そんな気持ちも、どこかにあったのだと思います。
でも、うまくいきませんでした。
オンラインでも人とうまく関われなかった
オンラインゲームには、ゲームの中の人間関係があります。
一緒に遊んだり、チャットをしたり、仲間になったり。
でも私は、そのコミュニケーションさえうまくできませんでした。
何を話したらいいのか分からない。
相手がどう思っているのか気になる。
うまく輪の中に入れない。
気がつけば、オンラインゲームの中でも孤立していました。
リアルの世界でも孤立。
逃げ込んだオンラインの世界でも孤立。
家にいれば、家族からも疎まれているように感じる。
では、私はどこに行ったらよかったのでしょうか。
外にも居場所がない。
インターネットの中にも居場所がない。
家にも居場所がない。
当時の私には、本当にどこにも行く場所がないように思えました。
猫だけが救いだった
そんなとき、救いになっていたのが猫でした。
猫は私が大学を中退したことなんて知りません。
働いているかどうかも関係ありません。
昼夜逆転していることも、ゲームばかりしていることも、将来がどうなるかも関係ない。
ただ、そこにいる。
そして私も、猫の前ではただそこにいるだけでよかった。
何かを説明する必要もありませんでした。
「これからどうするの?」
とも聞かれない。
「いつまでそんな生活をしているの?」
とも言われない。
うまく話せなくてもいい。
何かを成し遂げていなくてもいい。
猫と一緒にいる時間だけは、自分が否定されていないような気がしました。
あの頃の私にとって、それはとても大きなことでした。
ゲームから学んだこと
ゲームばかりしていた時間を、全部「無駄だった」とは思っていません。
オンラインゲームでも孤立した経験から、人間関係は場所を変えれば自動的にうまくいくものではないと知ったからです。
リアルだから難しい。
オンラインだから簡単。
そんな単純なものではありませんでした。
画面の向こうにいるのも人間です。
チャットの短い文章一つでも、相手の気持ちを考える必要があります。
自分から話しかけることも必要です。
相手との距離感を考えることも必要です。
当時の私は、それが本当に苦手でした。
でも、ゲームの中で失敗したことも含めて、少しずつ人との関わり方を学んでいったのだと思います。
居場所がない人へ
ひきこもっていると、
「自分の居場所なんてどこにもない」
と思ってしまうことがあります。
私もそうでした。
リアルでも孤立して、オンラインでも孤立して、家族との関係もうまくいかない。
どこに行けばいいのか、本当に分かりませんでした。
そんな私にも、猫という小さな居場所がありました。
だから、居場所というのは必ずしも学校や会社や友人関係である必要はないのだと思います。
ゲームでもいい。
インターネットでもいい。
音楽でもいい。
猫でもいい。
最初はとても小さなものでいい。
自分が「ここにいてもいい」と思える場所が一つあるだけで、人は少しだけ休むことができます。
そして休みながら、次の一歩を探せばいい。
私はずいぶん遠回りしました。
当時は、自分がどこに向かっているのかも分かりませんでした。
それでも、あの暗闇の中で過ごした時間がすべて無駄だったとは、今は思いません。
ゲームの世界でさえ人間関係に悩んだこと。
どこにも居場所がないと感じたこと。
そして、猫だけがそばにいてくれたこと。
その全部が、今の自分から人とのつながりや「居場所」というものを考えるための経験になっています。

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